ゴルフジャングル

彷徨うゴルフの密林

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ディスカバー広島

アイルランドから岡山の古民家に移住してきた親友夫婦(中央)のところに、アイルランドからお友達の女性(右)が来日し、広島に遊びに来られました。
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クレアさん。大変美しく、気品と知性を感じる大人の女性です。ショーン(親友のダンナ)によれば、母国ではトップクラスのサイコロジスト(心理学者)さんなんだそうです。
どうりで。

定番だけど、日本三景、安芸の宮島。
僕は子供の頃から毎年の初詣や学校のマラソン大会とかで数えきれないくらい来ていますが、あらためて県外、つーか国外の人たちをご案内するのは初めて。
英語が堪能で、心くばり美人なお友達のノリちゃん(左)に応援を頼み、いざ宮島探訪。

水上神殿の厳島神社ではこの日、偶然にも能舞台で能や狂言をやっていたり、結婚式をされていたりと今まで僕も目にしたことがない光景に遭遇することができました。

おっと、宮島に来て厳島神社だけで満足しちゃいけませんぜ、お客さん。
参道の対岸にある松並木を歩き、小さな清盛神社の裏手にある静かな茶屋で昼食。
唯一神信仰の外国人からみると、日本における神道と仏教の混在はすごく不思議に見えるそうなんだけど、それをすっかり日本通のショーンが彼らの文化との違いを上手に説明してくれていました。まあその話は長くなるし本筋とは違うので割愛。

そこから静かな坂道を登って大聖院に。鎌倉育ちで神社仏閣マニアいや目の肥えているズンコ(親友)があっけにとられるほどに、これでもか、な荘厳な建築は一見の価値はあります。
そのあとは紅葉谷公園、千畳閣、町家通りを抜けておみやげ通り。
焼きたてのもみじ饅頭をバラで買っておやつに。
初詣の時と違ってゆっくりと、仲良く話しながら巡る宮島には、僕にも新鮮な発見がたくさんあって、とても素敵な小さな旅でした。

夕暮れが近くなり、広島市内へ車を飛ばして、クレアの本来の目的地、広島平和記念公園へ。
クレアには、日本にいるうちにどうしてもヒロシマへ行きたかった理由がありました。

彼女のボーイフレンドのお父さん?おじいちゃん?どっちか忘れた、は戦時中ニュージーランドの海軍で船に乗っていらして、彼の隊は、原爆投下直後ヒロシマの爆心地で被爆者救援活動のために上陸。幸いに彼は船に残るチームだったけれど、上陸したチームの兵士は帰還後に次々と亡くなられ、船に残った彼も、黒い雨の影響でしょうか放射能被曝の影響が出て長年ご病気に苦しまれているのだそうです。
クレアはハンドバッグから彼の回復を祈るメッセージを中に書いた小さな折り鶴を取り出し、ひとりで長い時間祈りを捧げていました。その折り鶴を『原爆の子の像』にある折り鶴台に納め、ライトアップの点灯した原爆ドームを最後に見てクレアのヒロシマの旅が終わりました。


終わり?まだ帰さんけぇー。広島名物お好み焼き食べていかんにゃー!ってことで、流川の「へんくつや」さんへ。
戦後の屋台を先代が始めて創業60ン年の正統派お好み焼き屋さん。
お口にあったようでよかった。ノリちゃんもおつかれさん。大助かりでした。
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新幹線の終電を確認し、さらにもう一軒。
アイルランドといえばギネスビールです。ギネス、馴染みのビアバーの看板ビール。僕はここで必ずギネス飲んでる、って言うとなんとクレアの自宅のすぐ近くがギネスの本社工場とか。
人の縁、出会いとは面白いね。しょっちゅうここでギネス飲んでたのは、いつかクレアと友達になることがわかってたみたいだ。
ズンコとショーンにアルゼンチンタンゴ踊ってみせてもらったり、とことん楽しく、ギリギリの時間まで、よくこんなに話すことがあるねってくらい話に花が咲きました。

アイ「ス」ランドの火山の噴火で、いつアイ「ル」ランドに帰れるかわからなくなっちゃったクレアさん。
もう1回でも2回でも、また広島に遊びにおいで。(>ズンコ 訳せ)


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